木沢のうさぎ汁
「お〜い!若林さん、うさぎ汁食うか」
昨年2月のある夜のこと、電話の主は北魚沼郡川口町木沢に住む、すこぶる元気な「木挽き」(屋号)さんのお父さんだった。これから「うさぎ汁を食べる会」があるから家に来ないかとの誘いだった。私は、初めての「うさぎ汁」に興味津々で「はーい!」と二つ返事で答えた。
木沢は標高300メートルほどの山あいに位置しており、景色が素晴らしい。
「木挽き」さんの家には四人ほどの木沢の人たちが薪スト−ブのある囲炉裏端で車座にな
っていた。
まずは、大きめの椀にたつぶりとよそった「うさぎ汁」のスープをゴクッと飲んだ。「うまい!」。しょうゆベースでコクのあるスープだ。臭みはなくいい昧だ。ウサギの肉は赤身で弾力があり噛めば噛むほど旨みが出てくる。飲み込むのがもったいないほどだ。
うさぎ汁の濃い昧と新潟の辛口の日本酒は絶妙にマッチして何とも言えない。薪ストーブで煙った空気も一味添えているようだ。里山の男料理の醍醐味もじんわりと心に染みてくるのだ。
頭に手ぬぐいをまいたうさぎ汁作りの名人が、日に焼けたごつい手で鍋をかき混ぜお代わりを勧めてくれる。「このうさぎは、雪の中で保存していたから旨みが出て臭みが消えるんだ。捕ってすぐに料理をすると生臭くてとても食えない」と言った。
この夜は「家に泊まってゆっくりと飲んでいきなさい」と言ってくれた「観音」(屋号)のお父さんとお母さんの言葉に甘えて、じっくりと飲み明かすことにした。酒がコップにたっぷりと注がれた。
うさぎ汁を肴に木沢自慢にも花が咲き、みんなで夢を語り、会は盛り上がった。ふと気が付いて時計を見ると日付が変わっていたが、それからまたひとしきり木沢の夢追い人たちくべながら大いに夢を語り合い、夜はとっぷりと暮れていった。
そして、一年はあっという間に過ぎ、今年も再び木沢で「うさぎ汁」をいただいた。すると、すぐそばで梟の「ホーツクホー」という鳴き声がした。外に出ると大きな月が、木と梟の影を映し出して金色に光っていた。ここはおとぎの国だったのか。ふとそう思った。
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